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2008年:ありがとう!

12月31日 大晦日です。外は雪が舞っていますが家族4人プラスイヌ2匹揃ってお正月が迎えられそうなことに、まずは感謝です。

昨日からの、整理はまだ終わらす、家族に「ゴミの移動」と言われていますが、私の中では少しづつは片付いているのです。

捨てられないものは、無理に捨てずに、「私の死後、全部処分して下さい」と遺言して子供に託することにしました。

今、すごく贅沢な気分ですごしているのは、今年の暦の巡りでお正月休みが長く、思いがけない時間ができました。
読みたくて時間がなく読めなかった本を読破しています。

主人が亡くなった後の生き方として、こういう静かな余生もあったのかもしれません。

結婚以来、いつも時間に縛られ、時計を気にしてきた人生の時計を止めて

ゆったりと今までの人生を振り返り、これからのことを考えることもできたかしら・・・・

否、あらゆる状況において、私にその選択肢はありませんでした。

私は、この道を選びました。
そして多くの方に助けていただいたのですから、その方たちに報いるためにも、ひたすらこの道をいきます。

この1年は、本当に多くの方の温かさを身にしみて感じた1年でありました。

皆さまに、心からの感謝を捧げ、くる年が更に佳い年となりますよう祈りつつ本年のブログを閉じます。「あ り が と う!」

これからのゴミ問題・・・・

今朝は目覚めて時計を見て思わず悲鳴を上げた。

「9時5分前!うそでしょう!」本年最後の可燃ごみの収集日にあたり昨日からまとめておいたゴミ袋が山のようにあるというのに・・・・

いつものゴミ出し役のマリはインフルエンザでダウン。

気を取り直し窓からみると幸運なことにまだ「ゴミ」が回収されずにあった
ので、大慌てで向いのゴミステーションへ。

無事、出し終えて、あらためて「ゴミ問題」を考えてしまいました。

来年はいよいよ、有料化が始まります。わが家のように、向かいのマンションのステーションが指定ステーションの場合、交通量も多く、マンションの管理人さん(マンションで雇用されている人なので)に気を使い出す家も家の前へ置く人も同じく料金を払わねばなりません。

年内に行われた町内会役員への説明が、年明けからは、拡大され全市での説明会が開かれるようですが7月のゴミ有料化施行までに、きちんとした説明が市民になされるのでしょうか。見切り発車にならないように気を付けて見ていかなければならないと思います。

11月末に担当の方に資料説明を受けましたが、ゴミパト隊や、収集方法で分かりにくいことも多く、一度、北区での説明会に出なければと思いました

自民党が主張している戸別収集のモデル地域もどうなっているのでしょう。

来年に向けての課題もゴミに限らず多くなりそうです。

また、4月になれば当選から丸2年になるので、折り返し点となり、選挙のことも考え始めなければなりません。

2008年もあと三日、ゆく年に感謝!

2008年12月27日:午前2時の独り言

眠れぬままに時計を見ると、今は既に12時をまわっているので正確には12月28日とタイトルをかえるべきなのかもしれない。

いずれにしても2008年が暮れてゆく。
突然の主人の死から2年3か月が過ぎたことになります。嵐の中を無我夢中で駆け抜けたような日々でした。

クリスマス、お正月、など年の大きな節目には、思い出も多く、結婚してから30年間には30回のそれぞれの年の瀬がありました。

いつも両親(舅、姑)と子どもたちが中心で、やっと夫婦で少しゆっくりした時間がもてるようになった矢先に急逝してしまったので心にあいた空洞をうめることは、とても難しい気がしています。

けれども、おかげさまで私は主人と同じ仕事をさせていただいています。

主人が12年間でしてきたこと、しようとしていたことを私がどの程度、理解し継承しているのか・・・時々不安になります。
勿論、市議会自民党の置かれている立場も、社会情勢もこの2年余の間に大きく変わりました。

ある意味、こんな状態の社会を見なくて済んだことは幸せだったかもしれません。残された者として現況を憂えるだけけはなく変えていくために何をなすべきかを考え行動してゆかねばなりません。

確実に行われる来年の衆議院選挙も自民党はかなりの苦戦が予想されております。
みなさんが私を選んでくださったことの一つは、こういう時に頑張れよ、ということでもあるのでしょうから、深夜たまにひつそりと後ろを振り返り自分を見つめ直しながら、いつも前を向いてみんなの声(特に女性の)を聞き頑張りたいと思います!!

今回、私の質問の直後(決まっていたのかもしれません時期が促進はされたと思うので)、市立病院のNICUが9床から15床に増えたのは大きな成果でした。
これからも女性の視線を大事にしていきたいと思います。

インフルエンザが・・・・・

昨日とは、うってかわって外は大雪であれています。
窓から見る景色も一変して真白です。
やはり昨日挨拶回りをしておいて良かったと思います。
本当は今日もあいさつ回りを行う予定で、そのための事務所の留守番も頼んだのですが・・・・・
ひどい荒れ具合なので、明日にしょうか迷っています。

昨日、長女が熱をだし病院で診てもらったところ、「インフルエンザ」と診断されました。

今日はとりあえず、インフルエンザの予防接種に行かねばと思っています。

もっと早く全員がしておくべきでした。この狭い家の中で家族がうつらないというのはかなりの難題。

予防接種をしても1週間くらい経たなければ効果がでないとか・・・・・

せっかくのお正月を全員寝込むなどということのないよう、どうすればいいのか、なにか対策はないか思案投げ首状態です。
とりあえず遅まきながら、注射をしてきます。

この窓の外の様子を見ると、外へ出ること自体躊躇したくなりますが・・・

篠路の横山内科(主人の弟)で家族3人注射をしてもらいました。

ここで、数え切れないほど何度も、何年間も主人はじめ家族が点滴をしていただきました。

お馴染みの看護婦さんの顔を見ると、元気な主人の姿やいろいろな事が思い出されて涙がこぼれそうになりました・・・

ヒデアキさん(義弟)は、この年末の忙しい中、午前と午後の診療の合間に往診もしていました。
相変わらず、勤勉に働いている様子に・・・感謝と共に敬意を表します。

帰路、北区の会社に年末ご挨拶に寄りましたが、午前で年内業務終了が多く
来年は、もっと早くから対応せねばと痛感しました。

明日から事務所もお休みです。
インフルエンザに取りつかれないよう願いながら事務所のシャッターを閉めました。

メリークリスマス!

12月24日 クリスマス イブ :ゆっくりと静かにゆく年を想いくる年への抱負を・・・・と、のどかに考えていた私に、「挨拶回りをするのに、こんなに雪がない道路状態のいい日はない。運転してあげるから、まわろうよ。」とのリエからの提案で急遽、挨拶回りをしました。

殆どが相手方も年末挨拶で不在でしたが、気になっていた会社やご無沙汰していた方をお訪ねできてよかったです。

夕方、役所に用事を足しに行きましたが、役所もそろそろ正月のお休みモードになりつつありました。

夕食後、疲れていたので「今年はパス」の文字も頭をよぎりましたが、やはり年1回のクリスマスなので、教会に行きました。私同様のクリスマス信者で教会は満員御礼状態。

私は目をつぶるとたちまち睡魔におそわれてしまい、眠気との戦いでした。

昨日、隊友会でいただいたクリスマスケーキをみんなでいただき、早めに眠るというおよそロマンティックじゃない私の平成20年のクリスマスは終わりました。

今年も残り一週間・・・・

今年も、もうすぐ暮れようとしています。
1月の新年会から始まり、2月の第1回定例議会、6月のアメリカ・カナダ視察、7月・8月の夏祭り&盆踊り、9月の主人の3回忌(この間、第2回と第3回の定例議会があり)12月の代表質問と12月恒例の4地区のみゆき会クリスマス会。

9月には毎年、後援会主催の市政報告会を兼ねた懇親会を行っているので
その準備の会合が数か月前から各地区でありました。

主人同様に年間活動ができることをありがたく思います。

しかしながら、市議会自民党は大きく様変わりし、今は野党、第2会派として議員活動をしなければならず、「こどもの権利条例」も結果として可決されてしまいました。

この1年を振り返ると、時間に追われる忙しさの中で、自分なりに頑張ったといえることは数えるほどで、自分の非力さを思い知ることの方がはるかに多くありました。

常任委員会(経済)、特別委員会における質問も最初の意気込みはいいのですが、ゲンキョクとの打ち合わせの中でだんだんトーンが下がり言いたいことの半分も言えてなかったり、ニュアンスが微妙に違ってしまったりということがありました。

やはり、質問するには『知る』といこと「状況の把握のための勉強」が必要です。ここに時間をかけて力を注がなければ内容のない質問になり、適当な答弁しかもらえません。

先日の特別委員会中、ある議員の質問で時間が多いに費やされた「地方分権」について私は、正直よくわかりませんでした。

これからは「地方分権」の時代といっても、その経緯についても、現状もわかなないのでは「是非」を語る以前の問題だと反省しました。

隣の宗形議員に「よくわからないので勉強したいと思うんだけど、何かいい本ないかしら?」と聞いたところ昨日、机の上に2冊の本がのっていました。控え室&本会議場で机が隣でいつもお世話になってます。感謝ニコニコ

今日は、家で読むと難しい箇所ですぐ眠くなるので・・・喫茶店でコーヒーを飲みながら読ませていただきました。
夜の会合が2つ入っていたので途中で時間切れになりましたが、この休みにじっくり学習したいと思います。

しかし、一応主婦でもあるので、大掃除、大整理もせねばならず、時間がとれたら友達とおしゃべりやランチもしたいし・・・なにより、年末のご挨拶にも行きたし・・・・嗚呼、時間がない・・・といういつものパターンに陥るのです・・・・

日ごろしたいと思いつつ、できずに積み残してきたことの多さに改めて驚きます。

来年は、とにかく「自分を深めること、貪欲に知識を吸収するために精進する事を最優先に時間を費やしたい」と決意!

五島にて

長崎から高速船に乗って約1時間半で五島(福江島)へ

案内してくれた五島のガイドさんと友人と私(真ん中がガイドさん)

この日、観光バスに乗っていたガイドさんと私達。
運転手さんが写真を撮ってくれました。

お天気に恵まれ五島の主だった観光スポットを貸切バス状態で観光し、夕方のフェリーで長崎に戻りました。

隠れキリシタンの里としても有名な五島ですが、産業が少なく若者が島を出てしまうので今や人口の僅か15パーセントがカトリックとのことでした。

この小さな島に50以上の教会があり、あれだけの迫害をうけ禁止令のあと250年の時を経て、1874年、明治まで信者が絶えなかったということが、すでに奇跡です。

想いはるかに・・・・・

先日、医師会(北支部)の懇親会でS先生から一冊の本をいただきました。
私の聖心の1年後輩のお父上である先生は、「娘のエッセイが載っておりますのでお暇な時にでもお読みください。」とのことでした。

私の行っていた学校(札幌聖心女子学院)は当時できたばかりで、私は1期生です。
彼女は一つ下の2期生でしたが、なにせ1学年1クラス約50名でしたので当時は全校生徒100名にも満たなかったので、大体の名前と顔はわかっておりました。

わけてもハルカさんは、色白な楚々とした美人で、在校中も私の尊敬していた古典のシスタからー将来を嘱望されており、私たち学生も彼女は大学の文学部に進み将来はきっと古典かあるいは小説なりで名を残すもの、と期待しておりました。
ところが、彼女は大方の予想に反して卒業と同時に京都のお医者様と結婚したのです。
そのことを聞いた時、私は少なからずショックを受けると同時に、彼女は本当に力と自信がある人なのだと確信し、うらやましく思ったことを憶えています。
確固たる自分があるからこそ、大学に行かずに自らの選んだ道をまっすぐに歩めるというのは凄いな、と思いました。
その後、主人の関係でS先生があのハルカさんのお父上と知り驚きました。

ですから、帰宅すると同時に今回いただいた本を開いて、彼女の経歴の中にいくつかの文学賞の受賞を目にして「やはり、こんなに活躍していらしたのだ」と嬉しく思い早速、彼女の書いたものを読ませてもらいました。

本のタイトルは「齢は財産」、日本ペンクラブ編で瀬戸内寂聴、浅田次郎 佐野洋、眉村卓 夏樹静子 さん等、錚錚たるメンバー30名ほどのエッセイ集です。

彼女の「骨を洗う」という随筆は生活の一コマの中に、深いものが流れていて、なおかつ彼女を含めて家族ひとりひとりの性格が生き生きと描かれていました。彼女の築いた家庭の温かさと、彼女の家族とそして「骨」に向けるまなざしの優しさが伝わってきました。

関心のある方は是非ご一読をお勧めします(光文社1600円)

生きる気力が湧く言葉があふれています!

12月13日 聖心女子学院クリスマス会45周年がキタラの大ホールで開催
されました。

私たち1期生も年をとるわけです。
この45年間の卒業生はみな、各地でどんな暮らしをしているのでしょう。みなさんの上に多くのお恵みがありますように・・・・と祈らずにはいられません。

 ♪
  白銀映えし札幌の
      イエスのみこころの学び舎に
          われら集いて祈らん
              神のみむねのままに
                    なれかしと
                          ♪

(札幌聖心女子学院校歌:作詞 横山峰子: 作曲 中田喜直)

このひとときを・・・

長崎と五島列島に行ってきました。

3回(親戚、後援会、知人)に分けて行った主人の3回忌。

代表質問

クリスマス会

目まぐるしく動いてきて、すべて終わったとき、ふと無性に遠くへ行きたくなりました。

遠藤周作文学館というのが長崎のはずれの外海(ソトメ)にあり、そこへ学校時代から8年間の同級生と2人で行くことにしました。

この時期、観光バスが無いので、小型のレンタカーを借りて長崎駅から小1時間かけて私の下手な運転で行きました。
思いのほか長崎は坂が多く殆どの道が山坂でおまけに狭く、その間を数多くのスクーターが練るように走っているので疲れましたが、なんとかたどりつきました・・・感激

「人間がこんなに哀しいのに、主よ、海があまりに碧いのです。」

小説『沈黙』の舞台となったといわれる、この地の海は本当に果てしなく青く疲れていた私の心を癒してくれました。

この正月休みに、もう一度『沈黙』を読んでみようかと思います。

12月後半の残りいくつかの、忘年会も頑張らなければ!!!
疲れてる時もあるけれど、今、目の前のことに力を注がずして未来はない・・・・・と自分自身に呟きながら。

今日はこれから、忘年会が2つあります。着替えていってきます!

今年のみゆき会クリスマスが全地区、無事終わりました!

なんとかパソコンが直りましたので、写真(12月14日:新川みゆき会クリスマス会)を掲載します。

出し物の最後は、プログラム14番目は「こんにちは赤ちゃん」のコミックバージョンの歌と踊りで、みなさんの熱演ぶりに会場一同大爆笑でした。

最後は、どの地区も恒例の、「みゆき会の歌」で締めくくります。

これは、よこやま峰子作詞、森 礼奈作曲です。

2年前、主人の死に打ちのめされていた私が、「支えて下さったみなさんと共に主人の跡を継いで生きていこう」と決意した時に生まれた曲です。


 優しい笑顔、明るい声、いつも一緒にいきている・・・・・♪

みゆき会の皆さんと合唱する度に、みなさんの温かさに深く感謝し、「初心忘れるべからず」の思い新たに今年の「みゆき会クリスマス」は幕を閉じました。

来年も,また、年の最後をみんなと共に楽しく和やかに過ごせるようにと祈りつつ・・・・・・・

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