2009/12月 1 / 2 ページ

台北の空

24日にまた、訃報が入りました。葬儀は25日26日という連絡でしたが、両日とも行けないので、25日朝にご自宅に弔問に行きました。
お世話になった方の訃報は本当に辛いです。
涙を拭きながら役所へ行き、取り急ぎまとめた韓国視察の報告書を宮村先生に見ていただくように受付に預けて帰宅。

喪服を着替えてJRに乗り千歳へ。

迷いに迷った結果やはり行くことにした台湾へ向け出発。

余りの混みようにリエが心配して空港までついてきてくれました。
とにかく搭乗手続きをして荷物を預けてから更に40分から50分並んでやっと検査(身体検査)の所へたどりりつくのですが、検査が1台のため長い列ができます。
韓国視察の時は55分間かかりお年寄りや子供が気の毒でした。

旅行会社に「なんとかならないの」と言ったら、会社として申し入れをしてはいるけれど管轄がいろいろ絡んでいて難しいとのことでした。長蛇の列が国内線前まで及んでおり、来年の新千歳空港の拡張が待たれますが、その前に”雪まつり”もあり観光都市としてこれでいいのでしょうか・・・。

やっと飛行機に乗った時には既に旅が終わったかのような疲労感。

3時間余りで夜の空港に到着。
なにせ一人旅なので不安。
到着便名と荷物の出でくるところを確認してエスカレーターを降りる。
おなじ便の人たちもいて安心。しかし私の荷物が出てくるのが遅く周囲に誰もいなくなり迎えの旅行会社もきているかどうかわからず、かなり不安度が増してきたところでやっと最後から2番目に荷物がでてきました。

人がまばらになったロビーに旅行会社の方が旗を持って待っててくれましたやれやれ。私ともう一人、2人が同じ旅行会社でした。

ホテルでやっと娘と合流。「よく一人でこれたね」という言葉に“着いた”と感激。約半年ぶりの再会ですが、かなり中国語が流ちょうになり自信がついたのか元気な姿に一安心。
いくつになっても子供のことは気になり異国でちゃんと生活できているのか何をしていても頭から離れませんでした・・・。

私はと言えば今まで必ず誰か連れがいたので殆ど不安を感じませんでしたが、なにせ一人で言葉が通じない国は何かと不安でした。別になんということはないのですが「これでいいんだよね」と確認できる相手がいないのが不安でした。

3日間はほんとに心身ともに休まりました。
札幌にいると朝起きてから夜寝るまでいつも気が張っています。気が小さいので些細なことでも気になります。

異国では知った顔もなく、年末の御用納めで仕事の電話もなく時間がゆっくりと流れていきます。

娘が通っているキャンパスの学食でランチをとり、広い校内を話しながら歩いていると、まるで異次元の世界のようで心が休まりました。

台湾の歴史を余りにも知らないので、これは帰国したら是非勉強せねば、と思いました。

台湾の建物は日本統治下のものが多く記念館や博物館になっています。

街並みが日本における戦後の昭和の30~40年代を彷彿とさせます。
何か日本人が忘れてしまった懐かしい感じがあるのですが、さびしくうらさびれた感じが否めないのは何故なのか・・・・・。

一つは、建物がとにかくすすけています。
街にあふれるスクターやバイクの排出するCO2のせいか、古くとも塗りなおさないせいかはわかりませんが、とにかく町全体が薄墨をかけたようで、どんよりとしています。
夏は少しまた違うのでしょうけれど・・・・。

娘との会話の中で「本当に出てみると日本の良さ、素晴らしさがあらためてわかります」に私も同感。

異文化を知ることは日本を知ることに繋がってきます。
その意味でも、今年は韓国、台湾を相次いで訪れることができ有意義でしたが限られた日程の中で理解まではいきませんでしたが今後へのきっかけになりました。

来年は無理ですが、23年4月の選挙後に少し知識を蓄えてまた、来てみたいと思いました。
来年の動きが私の23年を決することを思うと正に身が引き締まる感じがいたします。

今年1年振り返り、支えて下さった多くの皆様に感謝し来る年への決意を新たに「来年も何とぞよろしくお願い致します!」

娘の学校

中正紀念堂(蒋介石の偉業を紀念して建立)

千とちひろ(宮崎 はやお映画)のイメージとなった九分

行天宮(占いでも有名な大きな寺院)

再び台北の空を見るのはいつになるのでしょう・・・・。

わたしの盆と正月が一緒に来たかのような娘との楽しい休日が終わり現実に舞い戻って新しい年がきます。

クリスマス前夜

5時の会合と6時の祝賀会に出て家に着いたら9時でした。

韓国の報告書を書いていて時間をたつのを忘れ、バタバタと着替え麻生に向かいました。会場の駐車場に車を停めて大急ぎで駆けつけ5時ギリギリセーフ。吉川先生、みのべ先生と共に出席。

大先生お二人の後の挨拶は本当に緊張します。
ひたすら謙虚と誠実さを心がけ素直に短く終了。乾杯の前の3番目の挨拶は短い方が喜ばれるかも。

時間を見て退出してサンプラザに向かったのですが道が結構混んでいて、なかなかすすみません。おまけに駐車場の出し入れに手間取り遅刻して到着。

既に来賓紹介は終わっていましたが、遅れた3人を合間に紹介してくれました。ところが回ってみると「どうしたの?なんで遅れたの・・・」との質問が相次ぎ反省。
発起人の方には「遅れるかもしれない」旨伝えたのですが、説明がなく名前が呼ばれたそうです。中には自民3人がそろって遅れるには何かある、と思ったという方もいらして、とにかく皆様にご心配をおかけしたことに陳謝。

来るべき新年会の重複日程について真剣に考えなければなりません。

「自分で運転しているので遅れてすみません」に対しても「何かあったらどうするの。自分で雪道を運転するのはやめなさい」と言われました。
ごもっとも。

しかし、これで本年の会合は一応ひと段落です。
長かった12月が終わります。明日のクリスマスには少しゆっくり・・・・できないのでした。

韓国視察の報告書を仕上げてしまいたいのです。記憶が鮮明なうちに書かなければ忘れてしまうと困るので・・・・。

夜までにはケーキとワインで乾杯できるように頑張ります!

リバテイ21

21日は葬儀の後、夜リバテイ21の会がありました。

毎月21日に開催(日曜日・祝日・その他の事情により開催されない月もある)される会で今回は71回目となる明治大学の同窓会有志の会です。

私は明治大学ではないのですが、主人が会員であり皆さんが特別会員にして下さり選挙の時も今回の11月19日私の会の時も大変お世話になりました。みなさんとても温かく出席するたびに元気がでます。

その時々の話題を、その時に都合のつく会員が集い、気さくに意見を交換する、もちろん明治大学の情報も盛りだくさんで昔と今の大学の様子が実によくわかります。

私も隣に主人が座っているような懐かしい気持と、“折角こういうご縁もいただいたのだから頑張らなくては、”という想いにかられます。

人生は失うものばかりではなく、失うことにより得られるものもある、ことを気付かせてくれた会です。

1月は、同窓の会員の方が出向しているホテルで新年会なので是非出席したいと思ったのですが、1月21日は他の新年会とぶつかり行けそうもありません・・・何とかならないかしら・・・時間的に羽でもない限り無理のようです。残念!

今年もあと数日となりました。
昨日また一つ訃報が入り気持が暗いです。
高校の時の国語の先生で60代の若さでした。ご遺族の悲しみを思うと心が痛みます。本当に人の一生はわからない。
長い悠久の歴史の中では人一人の悲しみも嘆きも小さなほんの一瞬のことなのかもしれない・・・・と言い聞かせてもやはり訃報は辛い。

訃報

帰国すると数々の連絡が入っていました。

新年会のお知らせが多い中で、訃報がありました。
私を更生保護会の会長に、とご推薦下さった友成 清子前会長さんの訃報でした。

体調が悪く検査入院と聞いてはいましたが、とにかく驚き言葉もありませんでした。20日のお通夜は行けないので、昨日21日の告別式に浦臼まで行ってきました。
会員有志10名でバスを借り上げて行ってきましたが朝7時半出発に遅れそうになり慌てました。。(あまりの疲れに目覚ましを止めて寝坊)

友成会長さんのお人柄がしのばれるような盛大で心のこもったお葬式でした。ご主人を亡くされてから22年間を100年以上経った広大な邸宅でお一人で浦臼の会長を30年間、道と札幌の会長を11年間なさってきた、ことにあらためて敬意を表します。

心からのご冥福を祈ります。

ちょうど1年前の同じく雪の降る日に「私は後継者を自分より若い人にきちんと引き継いでいきたいのです。横山さんと私は境遇も似ていますし、ぜひお願いします。」と事務所に来られておっしゃった時のことを思い出しました。
友成会長さんの志を受け継ぐよう努力して努めなければと強く感じました・・・・大事な方が身の回りからいなくなるとなんだか身体から力が抜けていきますが友成会長さんのあの笑顔を思い浮かべて頑張ります。

写真です。

ソウル市の警察病院内にあるワンストップ支援センター

所長である婦警さんはじめスタッフの皆さん

デジョンの病院の院長さんとワンストップセンターのスタッフ&デジョン市役所の皆さん&札幌市役所国際部の高橋課長さん。

デジョン市の2人の副議長さんと。

韓国

冷蔵庫の中に居るがごときでした・・・。
12月の韓国は吐く息が白くなるほどの寒さでした。
特にデジョン市では、この冬一番の寒さとかで初雪が降りました。
ホテルのロビーは外のように寒く暖房費を節約しているのか、いくら焚いても温まらないのかはわかりませんがとにかく冬の韓国は札幌の比ではなく寒いです。

その中で、ソウルとデジヨン市のワンストップ支援センターとデジヨン市の市議会を表敬訪問してきました。札幌市の国際部を通して韓国に派遣されている職員の方にも同行していただき中味の濃い視察ができました。

デジョン市では二人の副議長さんと市議会議員の皆さんにお会いし、歓迎していただきました。広報が進んでいてインターネットで本会議や委員会その他の議員の活動が一目瞭然に分かります。

宮村先生が同じく副議長ということもあり丁寧に対応していただき緊張しましたが、貴重な経験でした。

朝7時出発(10時5分発:札幌行)のため5時半起きで頭が働きません。一休みしてからレポートを作る予定ですが・・・疲れが限界。

ぼんやりと・・・

12月13日:最後の新川スリスマスが終わりました。

翌14日は10時半から3時まで更生保護女性会の会議がありその後、市役所で訪韓の説明をうけ大急ぎで帰宅し6時から後援会&みゆき会の会長会議がありました。

1地区だけ会長さんが欠席でしたが、会長さん達と今年を振り返り、次期選挙や今の社会情勢並びに市政について和気あいあいと語り合いました。
「そろそろ自分のカラーを全面にださなければ・・・」というアドバイスに全く同感。でも難しい・・・・。

例のフンリュウは全然改善せず、今日は病院に行き”決着を”と思ったのに
もう少し様子を見ましょうと言われまたも、消炎剤と痛み止めをもらってきました・・・・もっと早くに皮膚科ではなく外科へ行った方が早かったかしら、とも思いましたが素人判断はしないで医者に任せるしかないようです。

昨日は月に何度かあるのですが、眠気がこない日、で朝までうとうとしてました。更生保護女性会の会員の皆さん、後援会の面々、家族の顔,etc
生きている私を取り巻く多くの課題を思うと目が冴えて眠れなくなります。

明日のJRが時間通りに走るのか気になったり、次回の代表質問が心配になったり、フンリュウが痛むのも生きている証拠なのですが・・・。

走り続けた先に何が待つのか。

暗闇の中で闇に同化して目だけ光るダイナを抱いてボンヤリ・・・・。

クリスマス会

今日はクリスマス会ラストです。

昨日の朝から準備をしてくれていますので、きのうはお菓子の差し入れを持って慰問にいってきました。

人数が増えて118人になったとのことで、北川会長さんと最後の打ち合わせ。といっても皆さん忙しいそうで「お礼」と感謝を述べて早々に退さん。

実は2~3日前から、首にフンリュウができ痛いのです。
金曜日朝一番で病院へ行き切られる覚悟をしていたのですが、「炎症をおこしているので今は切れません、しばらく薬で様子をみましょう」と言われ様子を見ているのですが、一向によくなりません。

まさしく首がまわりません。ずきんずきんと妙な痛痒さがあります。

おまけに化膿どめの薬は少し胃を不調にします。

天気は良いし、今日1日なんとか頑張ります。なんでも体調不良のせいにしてはいけないけれど、頭の働きも鈍く”あいさつ”も堂々巡りにならなきゃいいけど・・・・。

それでは、時間です。首のフンリュウが隠れるスーツを着てはりきって(!?)いってきます。
___________.______・______・

夜です。盛会のうちに終了。
会で用意して下さったサンタさんの赤いマントを着ました。いつも赤いサンタさんの衣装に白いひげを付けてご満悦だった主人をしのび胸が熱くなりました。

ご来賓の見延先生もあの姿が「目に焼きついている」とおっしゃり一同暫し主人を思い出し・・・・・ました。
今日は今まで11回の新川クリスマス会の中で特にお天気がよく、きっと主人も天国から出席しに会場に駆けつけてきたのだと思いました。

会員の方との会話の中で「 頑張ってね。といって光之先生のようになったら困るので、私たちが落とさないから少し適当に仕事して。体だけは気をつけてよ!」と言われ目がウルルンになりました。

健康管理も私に課せられた大きな仕事なのだと反省。

フンリュウも「疲れ」が誘因になるそうですし昨夜は、すぐに止まりましたが何に興奮したのか鼻血がでました。
明日は暖簾を下ろして休養日としたいところですが、夜の会合が1つと10時半~15時まで更生保護女性会の役員会と理事会があり15時30分からは訪韓の打ち合わせです。

韓国の資料もまとめなければ・・・眠い!

沿線

昨夜、主人の弟の病院へインフルエンザの予防接種にいって来ました。

いくら、気合を入れてもウイルスには勝てないと思い急きょお願いしました。新型はパスして季節型をしてもらい一安心。

帰り道、車を走らせながら、およそ30年近い年月、この沿線を何度も主人と通ったことを様々に思い出しました。

私が残り、一人夜道のこの道を通る・・・こんなことは想像だにしていないことでした。

何故私が残り、あなたがいないのか、逝く順番は誰が決めるのか・・・
言ってみても詮無いことを想いながら雪がちらつく中帰ってきました。

今日は、本会議最終日です。
そのあと厚生委員会では札幌市老人連合会について質問もします。そしてそのあと出資検討委員会もあります。

更に「4時まではしていますので顔を出すだけでも」と言われれいる会議が鉄西センターでありますので、間に合えばいってきます。

現実が感傷を忘れさせてくれることに感謝して、今日も1日いってきます!

走りつづけて

9月13日の市政報告会、10月30日の更生保護制度60周年、11月1泊2日の研修、11月19日の峰友会、12月5,6、7日のみゆき会クリスマス会、その間定例議会があり、敬老会があり、各種の行事が散在しました。後は13日のクリスマス会:新川をのこすのみ。と言いたいのですが、

年内、3泊4日の韓国視察が入っています。

宮村先生とご一緒です。
韓国は性犯罪に対し警察病院の中に、ワンストップで身体、心のケアそして事情聴取もできる施設を全国16か所に設け、主に婦警さんが私服で対応するという被害者への措置を始めました。それをソウルと大田市の2か所を視察してきます。
近いとはいえ異国であり緊張していますし寒さも気になります。
このため、事前の準備をしたいのですが、明日の厚生委員会の質問もありなかなか進みません。

これから、市役所にパソコンを持ち込み気になることを調べてきます。

本当に、エンドレス。

今年も残すところ20日余り。
23日の自治功労章を受賞した方のパーテイで終了です。
それまで体力と気力がもってくれますように・・・・。

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